ただそれが起こっただけ

こんにちは。ゆかです。

 

以前、私がある学びに比較的大きなお金を使おうとした時に、子供が骨折して入院したことがありました。

 

 

私はこのとき最初、

もしかして、これは、神様が、「そんな学びに時間やお金を割くのはやめて、家族をもっと大事にしなさい」と言っているのではないか?

と思いました。

 

でも、

いや、待てよ、でも、神様が「こんな事態が起きても、それでもお前はその学びをしよう!という覚悟はあるのか?」と試しているのかもしれない!

 

私は神様から覚悟を試されたのだと思い、「どんな事態が起きてもそれでもこの勉強をしたいのだ!」と大きなお金を使い、その学びをすることに決めたのでした。

 

 

・・・と、この話をある友人に話した時、意外な答えが返ってきました。

 

「ただ、たまたまそのタイミングでお子さんが骨折しただけでしょ?別にそれ『神様からのメッセージだ!』とかって思う必要なくない?」

 

これを初め聞いた時、友人は何て冷たいんだ、と思いました。

 

子供の骨折、という事実が、私の覚悟を決めてくれたのだから、いいじゃないか。

「神様からのメッセージだ」って私が思ったんだからいいじゃないか!って。

 

確かに、何か事実が起きた時にどう捉えるかはその人の自由です。

 

その起きた事実を悪く捉える人もいればよく捉える人もいます。

 

でも、先ほどの友人が言っていたように、もともとその事実には何の意味もないのです。

 

たまたま子供が骨折しただけ。

 

それをどう捉えるかなんですね。

 

陽転思考では、事実のいい面と悪い面の両方を見て、「自分が幸せになるためにはどちらを選んだらいいだろう?」と考えます。

 

・・・やっぱりいい面を選びたいですよね。

 

物事のいい面を見ててよく捉えることで、幸せな気分になり、行動が前向きになります。

 

でもぐるぐると悩んでしまって冷静になれないときには

「この事実はどういう意味があるんだろう??」

と考えずに、あえて

 

「このことにはなんの意味もないんだ」

 

といったん棚上げしてもいいんじゃないかなあ、なんて思います。

 

ただ、それが起こっただけ。

 

・・・ちょっと冷たい感じもしますがちょっと気持ちが落ち着いて冷静になれるような気がします。